『聖の青春』という本があって、今日はこれについて書いてみたいと思う。というのは、いつもわたしは努力とか、継続した力とか、果てしない目標とかを思うとき、この本を思い出すからだ。29歳で惜しくもなくなった将棋界の怪童、村山聖を、常に思い出すからだ。
彼は幼いときに病気にかかり、彼はもともとバイタリティ溢れる少年だったのだけれど、思うように動かなくなった体を扱いかねてひどく苦しんだのだけれども、そのような体でも打ち込むことができる将棋というものと出会い、彼は彼の人生を手にしたのだった。
彼は求めた。名人への道を。彼は求め続けた。果てしなく続くと思われた長い道を一歩ずつ歩みながら。彼は戦ったのだ。その節目節目で、重要な意思決定を迫られながら。そして彼はそのたびに、明確な意志と激しい情熱で、周りの大人たちを説得し、その壮絶な人生を歩んだのだ。
われわれが彼の人生に惹かれるのは、彼が天才でもなく、彼の境遇が恵まれていたわけでもなく、そしてスマートとはいいがたいその生き方を見て、純粋に彼が成し得たこと、成し得ようとしたことに感動を覚えるからだ。われわれは思うわけだ。「(彼に比べて)わたしは一体何なのだ?」と。
わたしは思うわけだ。「わたしに何ができるのだろうか」と。
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