Saturday, December 09, 2006

China - [Day4] バスに乗って中心部に戻る。最後の夜をどこで過ごすか?


(※西単のデパート。)

たそがれの時が過ぎ、最後の夜をどこで過ごそうか決めかねていたが、北京一の繁華街(北京の銀座、王井府)に戻ることにした。夜がどのように中国人に過ごされるのかを知りたかったのだ。それと、今だ中国の「サラリーマン」というものを見ておらず、その生態を探りたかった。

途中、おみやげ屋さんに何件か寄った。その中で、捕まってしまった。以下の有様になった。


(※チャイナ服を身にまとい、記念撮影)


この服を実際に買ったかは、問題ではなかった。というかこの場でははっきりさせることができないことだった。人は、誰しも失敗というものを経験し、その度に、一回り大きくなって帰ってくるものだ。つまり、失敗こそ、成長への養分であり、貴重な滋養であるわけだ。かつ、北京の女性たちの巧妙に仕組まれた接客術というものもわれわれは忘れてはならない。

結局、最後の晩餐はMcDonaldsということになった。意味はあまりなかったが、あえて言うとすると、少し疲れていたんだ俺は。

blog - 今日はこれから英会話!

おつかれ。今日の英会話では次のことを目標にしようと思う。

「大陸的生き方について英語で完全に説明し尽くす」。


日本語ですら難しいこのことを、英語でやってみせる。Christieが「うん」といったら俺の勝ちだ。あと1時間。

China - [Day4] 地下鉄(初)に乗り、北京動物園へパンダを見に。そしてMacで感じる


(※北京の地下鉄)

地下鉄に乗った。一回3元。まあ普通な感じで、悪くない。ただ、自動改札とかはない。乗ったのが平日の昼過ぎくらいだったから、車内もあまり混んでいない。バスに次ぐ市民の足だ。途中、吉野家で牛丼をオーダーした。セットで20元くらいだった。


(※牛丼セット。味噌汁はなかったみたい)


で、北京動物園ではパンダしかみなかった。4、5匹はいた。(平日ってことはあるんだろうけど、ガラ空き。規模も上野動物園の比ではないね。


(※ガラス越し。なんか妙な可愛さなんだよなー)


まあ、パンダしか見ないといいつつ、虎だとかもいた。


(※うん、虎だね。)


今日は郊外の観光スポットとして有名なイン和園や、中国の最高学府といわれる北京大学などを覗いてみたかったのだが、時間的な都合と、体力的な都合で(左足をかばいつつ歩いていると、それが所々に痛みを生むのね)、今日はここまで。Macに入り、コーヒーを飲みながら夕暮れの中、一人たそがれる。


(※北京動物園近くのデパートの3Fから。夜景がきれいだった)


何をたそがれていたかというと、今回の旅はものすごく大きな衝撃を与えたわけです。まず、人々との交流がとても面白かった。うん、旅の目的は「視察」だと、わたしは言ってきた。そこには現地の人と仲良くなるとか、おしゃべりするとか、そういうのがあまり含まれていなかった。でも、今回の旅でそれが重要であるということがわかったし、それができつつあるというのがわかったし、今後も続けていこうと思った。

大陸的に生きようと思った。何かに境界を作るのではなく、シームレスに、ボーダレスに、大陸的に、物事を成していきたいと思った。北京は広かった。どこまでも人の営みがあり、どこまでも車が走っていた。そしてさらに北には万里の長城があり、ロシアがあり、北極がある。南へも同様に、その大地は、無限の勢いで頭の中で広がっていた。

このマックの中でも中国人たちは小柄で、楽しそうにしており、一般の日本人が感じているイメージとは大きく異なるものに感じられた。確かに「外」というものに対して彼らは高圧的に対峙する。歩いているときに肩がぶつかる可能性が日本の3倍から5倍はあったし、車の運転、大きな声からその辺は推察できた。

しかしそれは何千年にも及ぶ大陸の歴史から生まれたものに違いがなかった。しかもここしばらくは侵略されることが続き、彼らのメンタリティーは非常に危険なゾーンに入りつつあった。強くいかなければ、やられるだけだった。それに対して、「内」に対しては非常に温かみがあった。中国語でまず話しかけると、コミュニケーションが非常にうまくいくことに旅の途中で気がついた。

かつ、「シェイシェイ」で終わらせるのではなく「シェイシェイ・ニー」まで行くと、何かほがらなか反応が相手から返ってくるのであった。英語だけでもコミュニケーションをとることも可能だったかもしれなかったが、これは人類共通の性質として、「内」に入ってきてくれる人には好意が示されるのであった。

そういうのもあり、ここ北京のMacにて、中国語を勉強することを固く決意したわけだった。大陸的に生きようと決意したわけだった。(思えば「大陸的」という言葉はここで生まれた気がする)。俺がやらずに誰がやると。英語、中国語、そして日本語を駆使し、類まれなる行動力?と率先力?で、俺がやらずに誰がやると。


俺は大陸に生まれ、大陸的に育つのだ。

China - [Day4] ホテルを見つけ、孔廟、雍和宮へ


(※4泊目のホテル)

まだ見てないところはどこかな?

孔子を祀った孔廟と、チベット仏教寺院の雍和宮を見てから、北京動物園、北京大学、イン和園を見に行くことにする。すでに足は過去最高の痛みを発しており、もうずっとびっこだよ。空港で走り回ったことで、さらに悪化した模様。自重が必要である。

ということで薬局で湿布とリップクリームを買った後、タクシーで孔廟を目指す。ここも工事中だった。まあ、「まあ」という感じだった。チベットの方も同様。


(※Confuciusのメッカ?)


(※チベット。お祈りしている人と、観光している人と)

China - [Day4] 北京最終日。空港へ向かい、あわてる


(※朝、出発前にホテルの前で)

昨日の晩はテレビなどを見てゆっくりと過ごし、睡眠も十分にとった。2日間など早いものだ。北京発9:05の飛行機にのって、午後の1時くらいに成田につくことになる。実質2日しかない旅だったが、非常に充実感を感じていた。何かが生まれそうな気がしていた。

7:30くらいにホテルを出たのかな?タクシーに乗って、渋滞にハマりながら、ちょっとまずいかもと思いながら8:20くらいに空港に着きました。カウンターに行く前にお土産を2、3つ買って、いざNorth Westのカウンターを探してみると、ない。いろんな人に聞くけど、要領を得ない。慌てはじめる。

出国ゲートの強行突破を図るも、ボーディングパスがないと駄目ってことで追い返される。もう一度落ち着いてNorth Westを探す、聞くと、カウンターはClosedしていて、What should I do?と聞いたら、3FのOfficeに行けってことだったから、これまたあたふたしつつエレベータを探して、そのオフィスに行った。


そしたらそこで最終判決。「あなたは今日、その便に乗ることはもうできません。遅刻です」。「そしてわれわれは一日に一便しか運行していないので、明日または明後日の便に乗ってもらうしかありません」。「ただ、明日の便は満席なので、明後日になりますでしょうか?」。「JALなどの他社の便を使うとなると、正規料金がかかりますから、10万円くらいになります」。

という感じだった。結局、翌日の便で帰ることにして(追加料金はかからず)、オフィスを後にした。前回のロンドンのときもこんなことが起きたっけ。とりあえず国際電話で会社に翌日出社できない旨を伝え、スターバックスで小一時間ボーっとする。まあしょうがない。ホテルを探して、北京動物園だとか北京大学、■和園(いんわえん)を見に行こうか。ま、適切に気持ちは切り替わる。俺もやるもんだ。


※■は臣っぽいへんに頁


(※空港内のスターバックスにて)


Let's go!

Friday, December 08, 2006

China - [Day3] 夜のしゃぶしゃぶ屋にて


(※羊肉しゃぶしゃぶ。これで8元だから驚きの安さ)

モンゴルからの影響で、北京には羊肉しゃぶしゃぶ屋が多いみたい。『地球の歩き方』に書いてあった北京で一番店に足を運ぶ。本来なら歩くが、足が痛いのでタクシーで。(タクシーって俺ホントはすごいきらいなんだけど、今回はまあよしとしよう。安いし。←初乗り10元、日本の1/4くらいかな)

上でも書いたけど、現地の普通の人たちが来るお店だから非常に安かったわけだよね。羊ばかり食べていたら50元もいかなかったでしょう(俺はなぜか牛の高いものを頼んでしまい、100元くらいになった。それでも安い)。

店の名前は宏源■肉城(こうげんせんにくじょう)。天壇公園の南にあります。ガイドにも書いてあったけど、日本語、英語、ほとんど通じません。俺も成田で買った中国語本を指差しながら会話しました。ま、食べ物屋での会話なんてジェスチャーとかでも大体通じるんだけどね。

とても混んでいました。俺も1時間待った。食べ物屋で1時間も待ったのなんて生まれて初めてかもしれない。時間があったのと、待っている間も人間観察や語学勉強で苦痛にならなかったからだ。外人はたぶん一人もいなかった。全部現地の人。この1時間が貴重な人間判断の時間になったと今思う。

あとね、料理はうまくてダイナミックでとてもよい。あと、店員さんも、気さくな感じで、若者が多くて、とても楽しかった。もう少し中国語ができれば、もっと楽しかったのに。そう思った。ホテルに戻ってから、とても貴重な時間を過ごしたんだなあと、何か温かい気持ちになりながら振り返った。写真を一緒に撮ってもらえばよかった。マジで後悔した。


※■はさんずいに刷

Thursday, December 07, 2006

China - 「どちらが性善説で、どちらが性悪説か」



これがわからなくなった。

自由主義は性善説で、統制主義は性悪説であるというのが一般的な見解だろう。そうだろうか?

最も純粋な状態で生まれてきた子どもたちは、一体何を見るのだろうか?大人の嘘だろうか?それとも静寂だろうか?

子どもたちがすれて、暗闇へと飲み込まれていく。何が原因だろうか?巨大な靄だろうか?裏切られた鉄槌だろうか?


どうやらわたしは、別に危険思想を持つに至ったわけではなく(笑)、中国の現地で見た中国の若者たちの輝きに心を動かされたようだ。そして無意識にその真因を探り、それぞれの政体の差異にそれを見つけたのだ。

子どもたちにとっては、矛盾のない世界が何よりの成長土台であると思われた。知事の汚職が次々と発覚し、大人たちは享楽に溺れ、銃とナイフが現実を切り裂くような環境では、目標を見失い、目は死に、退廃的な笑いに堕ちるしかなかった。

規律が必要だったし、そうすれば、性善説でもって子どもたちは守られた。わたしは中国の若者たちの目の奥に、その光を見出したのだった。貧しく、洗練もされていないが、何か強い、素朴な、純粋さの光を持っていた。そしてそこには、大陸的な何かが宿っていた。


わたしはわたしの夕暮れの中で感じた感触を、一生忘れないだろう。忘れてはいけないだろう。

China - [Day3] 盧溝橋、抗日戦争紀念館、そしてしゃぶしゃぶへ


(※タクシーの中から、郊外の風景?)

足も痛いし、タクシーを拾い郊外の盧溝橋へ(40元くらいか) 。盧溝橋は、日中戦争がはじまったあの盧溝橋事件が起こった場所なんだけど、まあ橋しかなかったね。銃弾のあとがあるって聞いていたけど、それも見当たらなかった。次を目指そう。




歴史の勉強ってことで、抗日戦争紀念館を訪れる。盧溝橋と同様にここにもあまり人はおらず、気合を入れてきた分、何か肩透かしをくらったような気分だ。中にはいろいろな戦争の資料が展示されていて、最後は日中友好のコーナーで締めくられる。(多くは中国語なので細かい内容はほとんどわからなかったけど、相手国がどのように考えていたかは明確に感じられた)




北京中心部へ戻ろう。今度は路線バスで帰るつもりだ。地名がほとんどわからないから「はじめてのおつかい」状態だが、頭をフル回転させて適切なソリューションを見つけ出す。いい訓練だ。そして、この郊外から市外に向かうバスの中で夕暮れを迎え、なにやらとても気持ちいい時間を過ごした。その夕暮れは地元の中国人の中に揉まれながら、ある郷愁へとわたしをいざなったのだ。




さあ、次はしゃぶしゃぶ(羊)だ。

China - [Day3] 前門大街を通り、3泊目のホテルへ


(※天安門広場の南端、正陽門)

天安門広場を抜け、前門という門?を抜け、北京一の繁華街だと言われていた前門大街へと足を踏み入れる。 そしたら、全面工事中だったね。ま、ここに限らず、おそらく北京オリンピック(2008年)に向けていたるところで工事が行われていた。2008年に行ったら、また別の趣があるのだろう。

そして下のような浅草のような商店街をさらに抜け、ホテルを見つけ出した。一泊400元だった。


(※っぽい商店街、大柵欄)


(※3泊目ホテル。新北緯飯店)

China - [Day3] 今日はホテルを探し、歴史を学ぶ

事前に予約していったのは1泊目と2泊目だけだから、今日泊まるホテルをまず見つけなければならない。事前の予想に反して、ホテルでは英語が使えそうだからためらう必要はない。英語の勉強をかねて、存分にやってやるべきだ。飛び込みだ。

天安門広場を縦断する。広いといっても100M×500Mくらいだろうか。毛沢東記念館には荷物を持っていたから入れなかった。下のは何とかの塔。




今日は南半分の探索と、歴史を学ぶ日。そう、盧溝橋、そして中国人民抗日戦争紀念館を見に行くのだ。歴史を、反対側から見てみるのだ。

blog - とりあえず書き残す

1千万を超えた。


より、攻めに転じよ。

China - [Day3] 足が痛い。。。


(※1泊目、2泊目のホテルの絵)

3日目、朝起きたら、足が痛い。。

ニューヨークで痛めたところと同じ場所だ。ショック。。

左足の甲の横というか、なんていう名前の場所なんだろう、普段痛くなりそうもないような場所で、歩くたびにピクッと痛む。持病的なものになっていたのか。。

体力的には絶対的な自信を、酒をやめたこともあり抱き始めていたのだが、どうやらそういうわけにもいかなかったようだ。特に左足のこの名も知らぬ筋肉のケアには今後、最大の注意が必要だろう。


しかしまだ3日目。わたしは止まるわけにはいかないのだ。歩き続けなければならないのだ。


(※朝の北京。おはよう。)

Wednesday, December 06, 2006

China - [Day2]2日目はホント歩き回って、ホテルに着いたのは12時くらい



30、40Kmは歩いたのだろうか?

上の写真のような美しい場所を歩きながら、といいつつ東京やロンドンに比べると美しくないのではあるが、デパートのようなところや、人の動きを見つつ、北京中心部の北半分を踏破しようとしていた。ロッククライミングをしているだけあって、その歩みは快調だった。1年で海外3回目は伊達ではなかった。

夜は北京ダックを食べることにした。なにか北京らしいものを食べたかったからだ。『地球の歩き方』に載っていたレストランで北京ダックは一番的なお店に向かい、それは市内東北部にあったが、8時くらいだったのかな、店に着きました。

ちょっと待って、席に案内されて、一人で食事するのが浮いてしまうような絵に描いたような高級中華料理屋で、メニューに目を通し、予定通り88元の北京ダックを注文した。そしたらよ、店員の女性がよ、何か言うからさ、聞いてみたら、あまり英語が話せないようでうまく意思疎通ができなかったんだけど、北京ダックだけじゃ駄目みたいなのね。つまりコース的にいきなさいということだったのね。

だから、しょうがないから指で指し示されたフカヒレの何とかと、なまこみたいなものを一緒に頼んだ。


(※フカヒレか)


(※なまこならむサメのひれか)


実はお腹があまり空いておらず、つまりその日はマックと鶏丼とケンタッキーフライドチキンを食べていたからなんだけど、フカヒレは無理して食べたけど、なまこみたいなもの(Shark's finって書いてあったからサメのひれか)は残した。こういうのはあまり好きではない。

北京ダックも、フカヒレのせいで食べるの実はつらかったんだけど、初志貫徹で何とか完食した。お腹が空いていないときにレストランに来るものじゃないと思った。今後の反省材料としよう。さて、最後にショッキングな写真を掲載せざるを得ない。ビールを頼み、一杯飲んだのだ(詳細については一章以上を割かねばならないだろう)。


(※北京ビールか)


結局全部で400元くらいした。北京人の商魂、侮るべからずだ。(というかこれには痛い目に会い続けることになる)

Tuesday, December 05, 2006

China - 「英語 - 世界へのパスポート」

という変な題名をつけたが、英語はやっぱりいい。

英語はやっぱりどこでも通じる。中国でも、30歳以上くらいはたぶん通じないが、若い人はたとえ片言かもしれないけど、英語を勉強して来ているからなんとなく通じる。そして大きなデパートやホテルなどの人は大抵英語が通じる。だから今回、言葉には全く困らなかった。

わたしの英語力はまだまだだが、これからも大いに勉強してやろうと思ったものだ。英語が手に入れば、自動的に世界も手に入るわけだ。ほぼ世界中の人々とコミュニケートできるという切符が、手に入るわけだ。そこに中国語などの現地の言葉を少しからめなさい。今までとは次元が異なったコミュニケーションレベルへとあなたを導くであろう。


世界を知ることは、とても重要なのだ。

China - 「大陸的人生について②」



日本人にはない気質を、中国人の中に見出したような気がした。「大陸的気質」。

雄大さであり、緊張であり、るつぼであり、広さだ。

大陸的知見を、わたしは中国大陸で手に入れた。

China - 「国家統制主義について③」



ただ、中国人が他の民族も洗練されているだとか、誠実な民族だとか、そういうことを言うつもりはない。2秒に一回は道路に唾を吐く彼らの姿を見たし(店の中でも唾はいてたよ)、タバコは所構わず吸うし、運転は極めて乱暴、クラクション鳴らし放題。基本的に田舎者だ(失礼)。

でも忘れられない。3日目のしゃぶしゃぶ屋での彼らの笑顔、人なつっこさ。初日にわたしを助けてくれた人。若い人たちの学習意欲。(ある本屋では一階まるまる英語の学習本コーナーだった。英語もよく通じた)。質素な立ち振る舞い。ここ20年で大きく中国は変わるだろう。


売春が死刑になる国。素晴らしいじゃないか。

China - 「国家統制主義について②」



もう率直に語ろう。

民主主義の弾圧。国家による情報統制。Googleから除かれるキーワード。中国の政体、政治に関してはネガティブなイメージが強いだろう。わたしも同じように感じていた。自由こそすべてだと。言論の自由だと。本当だろうか?

Googleから漏れる汚い言葉。止まらない犯罪。極めて非人間的な活動が行われる極めて日常的な夜の街の風景。へどが出そうだ。何様のつもりなのか。このやり方が本当に正しいと、間違いなく言えるのだろうか?

わたしは中国人たちの仲の良さそうに連れ立って歩く姿や、腕を組んで歩くカップルや女性同士、そしてその静寂さが好きになってしまったのだ。夜は早く、酔っ払いや、魔法使いたちは見当たらない。本屋には人があふれ、難しそうな漢文を老若男女、一生懸命見入っている。

郊外からの混んだバスの中で見た搭乗員の若い男性の力強い視線(写真を撮りたかったほどいい顔をしていた)。若い女性たちの質素な姿と、そのひたむきさ。わたしは、涙が出そうだったのだ。考え込んでしまったのだ。


何かとてつもない大きな過ちをわれわれは犯し、見過ごしてきたのではないか。

China - 「社会主義ないしは国家統制主義について」



中国の今の政体を一体なんと呼べばいいのだろう。 社会主義でもあり、資本主義でもある。最も新鮮な感覚は次のようなものだ。「国家統制主義とは一体なんだろう?そして穏やかな統制は、非難されないべきではないだろうか?」

中国では、売春や麻薬の売買などは死刑になる。そのすぐれた公共交通システムは、極めて格安に市民に開放されている(バスは1元、地下鉄は3元。それぞれ15円、45円)。漫画は一切本屋に置かれておらず、下品な中吊り広告もなく、少年少女は極めて明るい表情をしているようだ。


彼らは、極めて明るい、純朴な表情をしているのだ!

China - 「第三言語 - 中国語について」



1つ決めたことがある。

「中国語がわたしの第三言語となる」。つまりわたしは今まで日本語、英語と勉強して来ているわけだが、次は、俄然中国語を勉強すると固く心に誓ったわけだ。

まず、わたしは中国に魅せられた。理由は後述していくが、日々の生活の中で中国語を使う機会が近い将来やってくるだろう。わたしはそれに備える必要がある。

片言でも、中国を話すことはなんて楽しかったことか。それは笑いをとれたからというのが一番大きかったわけだが、それでも、新しい言語を学ぶということは、わたしに新鮮な喜びをもたらしていることも間違いがなかった。

そして英語と中国語の相性も非常に良いのだ。そして忘れてはいけないことは日本語と中国語の相性だ。この3つがつながるとき、そこには大きな力が宿るだろう。大きな力には、大きな責任が伴うであろう。


言いたいことはこれだけだ。「それに備えよ。集中し、備えよ」

China - 「大陸的人生について」



要は、写真を切り貼りしながら旅の経過を書いていくのが少し面倒くさくなってきたわけですよ。だから、そっちの方はまた後日やるとして、なぜならそれは写真が残っているから思い出すのも楽なわけだからだが、今一番大事なことは、今まさに感じているこの感情を文字として残し、後世の人々に伝えることだと思うわけだ。

一番印象的な言葉は、「大陸的人生」という言葉だ。自分で勝手に考えていただけの言葉だが、中国及び中国人を語るとき、そこには必ず「大陸的」という要素が加わることになるだろう。そして、「大陸的人生」または「大陸的思想」というものが、中国いる後半から特に、わたしの頭の中でリフレインを起こしているのだ。わたしは中国とともに決意したわけだ。「大陸的」に生きると。


大陸的に生きると。

China - [Day2]王府井と西単。2つの繁華街で感じたこと



まあ、王府井(おおふい)というところと西単(せいたん)というところが北京の二大ショッピング街らしいのだが、それぞれ北京の銀座、原宿と呼ばれているらしいが、まああまり期待してはいけないだろう。彼らはまだこれからだ。ふむ、所々で杏飴みたいなのが売られている。1元くらいか。




まあですね。今から思えば「どこに行った」とか「どこを見た」とかはどうでもいいことでですね。わたしはこれから中国の本質、旅の本質というものについて大いに論じていきたいと思うわけですよ。まあ旅自体は、これから北海公園を通り、景山公園を脇目で見て、前海を抜け、三里屯を駆け抜け、北京ダックを食べたわけですよ。


(※撮り方が悪い。フラッシュは使った方がいいね)


北京ダックを食べたわけですよ。

China - [Day2]いきなり核心、天安門と紫禁城



まあ天安門をくぐって、故宮博物院(Forbidden City)に入場する。一人40元なり。まあ上の写真のような建物や、下の写真のような美術品が飾ってあったりするわけだが、 前の英語先生のNicholeも言っていたような気がするが、確かにBoringのような・・・。




まあ、写真をその正門の前で撮ってもらったりしたが、この辺は深くその歴史や背景を知らないと、本当には楽しめないのでしょう。いる人たちは、圧倒的に中国人が多かった。観光のオフシーズンというのもあるかもしれないが、確かに中国人が一番楽しめるところでしょう。彼らは熱心に見入っていた。

China - [Day2]北京中心部、及び北部を攻める


(※1発目の写真)

なんか眠いからよく寝て、10時にホテルを出発。目指すは天安門!

まず、街中を歩いてみて感じたことを書いてみようか。

・車が予想より多く走っている。
・街は予想よりきれい。よく舗装されている。
・ゴミがほとんど落ちていない。
・車道が広い。まあ大きな道路だけだが、片側5車線くらいある。
・NYとLONDONと東京を足して3.5で割ったような?感じか。


まあとりあえず北京駅から東に向かい、いよいよ天安門が目の前に広がるのだった。

China - [Day1]要はある人に車で送ってもらったのだホテルまで



北京空港に22:00くらいに着いて、普通の人は、というか普通の観光客の方々はタクシーに乗って自分のホテルまで行くのだろうけど、観光客ではないわたしは庶民の足であると思われたシャトルバスに乗ってホテルまで行こうと思っていた。チケット売り場まで多少てこずったが(変なタクシーの客引きに引っかかった)、16元(1元約15円)でチケットを買い、バスに乗り込んだ。

第一の失敗は、わたしは③番のバス(北京站行き)に乗る必要があったが、なぜかはよくわからないのだが「こっちが③番だよ」と他の観光客に呼ばれて、おそらく②番のバスに乗ってしまったことだ。これにより、北京駅ではなく、まったくわけのわからない場所(4日目にそこが西単であることを知った)に降りる羽目になった。

そこで降りて、途方にくれて、というかそんな暇はなく、急いで英語で運転手の人に話しかけた。そしたら英語がわからなさそうで(※英語と中国の関係については『英語、それは世界へのパスポート』の章を参照)、そっちの人に聞いてよみたいな仕草をされた。話しかけてみたら、そしたらその人は係りの人でもなんでもなく、バスの乗客で、彼も家に帰るところだった。

「北京駅に行こうと思っていたんだ」と話すと、「案内してあげよう」とのことだった。しばらくして、「北京駅に行ってどうすんの?」と質問されたので、「実はこのホテルに行きたいんだ」と地図を見せた。そしたら何やら気難しい顔をして、「うーん、難しいかもね。俺、今から車で家に帰るから、送ってあげようか?」とのことだった。

30代前半だろうか。落ち着いた感じの理知的な男性で、その親切を断る理由はなかった。事件簿が頭によぎったが、シチュエーションから判断して、そのような悪いことはおきえなそうだった。そう思ってその方にお願いし、無事ホテルまで送ってもらった。上の写真はその方の会社(写真は後日とった)で、ここから車でホテルまで行った。結構遠かった。


握手し、名刺をもらった。素晴らしい方だった。頭をガツンとやられたような感じだった。「中国とは、中国人とは」を考える上で、忘れられないファクターになりそうだった。世界は広い。

China - [Day1]初日に発生した3つの大きな誤算。そしてこの旅の方向性を予感させる大きな出会いについて。



初日に大きな3つの誤算、失敗があった。

1つ。iPodが空港に向かうために乗った中央線の中の始めの再生のときにハングアップした。前日に中国語学習のPodcast(英語<>中国語)をたらふく仕込み、中国に着くまでの推定5時間をその学習にあてようと思っていた。iPodを呪い、運命を呪った。なぜにこんなときにこの場所で、わたしのiPodはハングアップするのか?!

2つ。北京国際空港で両替をし忘れた。成田空港で1万円だけ両替していったのが逆に災いしたのか、到着ゲート内の銀行を素通りしてしまい、両替できずじまい。1万円で中国の旅を過ごすのか。もう心細くてしょうがなかった。

そして3つめ。これが最大。日本から事前に予約していたホテルの地図が間違っていた。間違っていたというか、Google Mapで場所を地図上で特定させてから、念のため異なる縮尺で3枚ほど地図を持っていったんだけど、こともあろうか、そのポインタの場所が間違えていた。大きく西の方にずれていた。


前の2つなんて今から思えばどうでもいいことで、大した問題ではなかった(でもiPodで勉強できればもっと良かったかも。詳しくは「中国語と私」の章で)。3つ目の、地図の問題は、もしかしたら一泊目を路上で過ごさなければならないような大惨事につながるような誤りだった。厳冬の北京で宿がないということは、よければ瀕死の状態に自らを追い込むようなものだ。これは今考えても冷や汗ものだ。

では何が起きたのか?何が起きて、わたしは無事に宿にたどり着き、ベッドの中で安眠をとることができたのか?そこでの出会いが、わたしと中国を結びつける一つの大きな予感となったというのは一体どういうことなのか?今振り返って、それにはどのような意味があったのか?


これらを次に述べていきたい。世の中というのは不思議なものだ。

China - How wonderful China is, the world is.



12/5(火)15:30、帰宅する。素晴らしい旅が経験され、自然と笑みが漏れるような、熱いものが胸からこみ上げるような、そんな感じ。ただ、それと同時に、哀愁と空虚感も感じた。

ともあれ、12/4までの予定が12/5までとなり、すなわち4泊5日になった私的大中国旅行をこれから振り返ってみたいと思う。"How wonderful China is!" これが帰国後の第一声だった。


旅は素晴らしかった。

Friday, December 01, 2006

China - 「旅の計画」

おつかれ。旅の計画をまとめようと思う。出発まであと30分、仕度もしなくちゃね。

■旅の目的
・視察(For research, not for sightseeing)

■旅の計画(ToDo)
・万里の長城(The Great Wall)は微妙。1日かかってしまうから。
・天安門だとか紫禁城だとか、北京市内のスポットは一通り見るつもり。
・中国語(Mandarin Chinese)は行きの電車と飛行機の中で勉強。あとは夜のホテルで。
・1日目は市内をくまなく歩き回る。マックだとか、スターバックスだとか、北京ぽいところだとか、人の動きを見る。大きなうねりを感じる。
・あとはニューヨークとロンドンのような感じでいい。服装も結局同じになるっぽい。


じゃあ、さよなら。レッツ・ゴー!

Tuesday, November 28, 2006

blog - Aim for Perfect



満点を狙いなさいと。満点を狙うような姿勢で勉強を続ければ、900点を超えることなどたやすいと。極めてたやすいと。そう、My Tutorはおっしゃった。

では、、、やってみようか。


■方針(Vision)
・次回または次々回のTOEICテストにおいて満点(990点)をとる。
・そのための、一切の努力を惜しまない。ためらわない。
・スピーキングとライティングをからめ、一人前のEnglishになる。

■計画(Plan)
・平日5時間のペースをずっと続ける必要があるだろう。
・休日は英会話を中心に、幅広い活動を行っていくべきだろう。
・朝(6:45 - 7:15)にディクテーション(TOEICマテリアル)
・電車の中と昼食時はメインディッシュ(今は文法本)
・定時後にお茶がてら1時間
・夜はブログ(英語)、メール(英語)、読書(英語)、発声練習(英語)など

■ポイント(Point)
・ディクテーションを徹底的に続けること
・文法を完璧にすること(ノートを活用すること)
・語彙を増やすこと
・スピーキングを次のレベルに押し上げること
・英語を書きまくること
・洗練さを求めること


Let me do it!

Sunday, November 26, 2006

blog - The 127th TOEIC test

感想。そして次回に向けて。

・パート3と4と7は完璧。もう何も準備する必要はない。
・問題はやはりパート2。リスニング力をさらに向上させる必要がある。
・文法と語彙を強化させる必要あり。文法本の後、多読で力をつける。


予想レンジは850-900。リスニングは間違いなく前回より上がるでしょう。英語は続く。どこまでも。

Friday, November 24, 2006

blog - TOEICが終わってからやること

あせらないように今から書いておこう。

・英語、さらに次のステップへ
・中国、そして世界へ
・投資、年明けに機敏に動く
・クライミング、限界を押し上げる
・変化、決めるところは決める
・日本語、日本語の再構築
・交流、スタンスを変化させる


くらいか。さて、順々にみていこう。

■英語、さらに次のステップへ

やること以下。

・文法最終強化
・多読!
・SPEAKING & WRITING


まず、文法の名著であると思われる『TOEFL TEST対策完全英文法』を読み直し、勉強しなおす。本当は今回のTOEIC対策にやりたかったんだけど、結局時間がなかった。30時間はかかるだろうからね。

そして多読というか本をいろいろと読もう。とりあえずSalingerのCatcher in the Ryeあたりに的を絞る。仕事に関わる本、そして購入済みのコーチングに関する本も読む。水を吸う綿のように、極めて効率的に脳に染み渡るだろう。

スピーキングとライティングの対策も立てておく。スピーキングは英会話レッスンの継続。時間を増やすことを検討。そしてライティングについてはブログ以外に何らかの機会を増やすことを検討。今も会社でこっそり英語で書いている文書があるが、そのようなことを増やす。

ともあれ、実は1月もTOEICテストを受けるつもり。明後日のTOEICテストで900点いきたいところだけど、いってもいかなくても1月のテストは受ける。それがけじめ。英語学習の総決算。よって、あと2ヶ月は英語漬けと思いなさい。


■中国、そして世界へ

12/1(金)~12/4(月)に予定されている北京への3泊4日旅行(視察)。実質2日しかないからかなりの強行軍となるだろう。ただ、見れるところについては徹底的に見てくるつもりだ。独自の視点で、鋭い視線で、革新的な視点で。

「人生は旅だ」と中田氏は言ったが、実はちょっと彼のことを忌々しく思っている。「世界を巡る」とか言うと中田氏のことを真似していると思われる可能性があるからだ。

ただ、賢明な読者の方々は知っているはずだ。中田が引退するより半年以上も早くわたしは世界へのたびを誓っていたことを(笑)。そりゃ規模は残念ながら彼のものに劣りはするが、気合や、構想などは負けはしない。

ということで2月にインドに行けるか行けないか。また、長期的な視野をしばらく醸成することにする。来年年初にこのへんの計画を立てよう。


■投資、年明けに機敏に動く

現在きわめて順調。円高を機敏に捉え、中国市場にさらなる投資を行う予定。日本市場に比べて伸びしろが全然違う感じ。当然リスクはある。しかしリスクはとるべきときに、またはとれることができるときに果敢にとるべし。投資哲学。

実は中国市場以外にポジティブに思っている市場はない。インドも検討はしたが、厳しい部分がある。ベトナムもいいかもしれないが、どうも信用しきれない部分がある。米国もいいにはいいだろうが、あえて競争が厳しいところに突入することもあるまい。


■クライミング、限界を押し上げる

現在週2~3回、ロックジムに通っている。でも、今、実は限界を感じ始めているのだ。ボルダリングで4級、リードで11(イレブン)が大きくわたしの前に立ちはだかっている。これらを乗り越えるためには、今までの限界を打ち破らなければならない。

何か革新的な手法を導入しなければならない。階段の2段飛ばし、クライミングあとの肉食、週2回のストレッチ、懸垂、倒立。現在行っているこれらを上回る?ようなトレーニング方法なり栄養法を取り入れなければならないだろう。菜食に移行して2キロやせてみるとか、水泳を毎週1キロ泳ぐとか、そんなことろになるだろう。


■変化、決めるところは決める

「変化」と書いたが、これは伏字みたいなものだから予想がつく人は他の2文字に置き換えて読むように。そう、わたしは変化しなければならない。これこそ、今年の、そして来年の最大の出来事になるだろう。わたしは変化し、成長する。

わたしは果敢に変化し、機敏に行動する。大政奉還を成し遂げた坂本竜馬の機敏さとスケールの大きさにはかなわないかもしれないが、それでもわたしは果敢に変化し、機敏に行動する。夢の実現、福利の向上、一歩一歩の重み。わたしは変化する。


■日本語、日本語の再構築

これも必要だろうね。英語勉強にかまけて随分となおざりにしてきたからね。そうだな、難しい本を一冊読もう。自然科学かなんらかの社会学にしようか。知らない言葉がたくさん出てくるものを選ぼう。

どれだけわたしの言語的能力が向上しているか。どれだけ日本語と英語の相乗効果がみられるか。そしてリーダーシップをとっていくために必要な日本語能力とは何か。それらを見極めていこう。


■交流、スタンスを変化させる

明後日のTOEICテストは大きなスタンスの変化を生じさせる極めて重要度の高い一日だ。わたしは交流に関するスタンスを変化させよう。それはつまり、人との付き合い方を変えるということだ。今まで自分の成長というものに向いていた一切の視線を、周りに、人々に、友人に、そして愛すべき人?にそそぐのだ。

これはもう数年前から計画してきたことだ。インサイド・アウトを効果的に実現させるための大戦略だ。日露戦争の日本海海戦における大転回のような大胆さを持つものだ(詳しくは『坂の上の雲』参照)。わたしはようやく31歳という時期に、アウトサイドを強化させるのだ。プレゼントするのだ。コミュニケートするのだ。スピーチするのだ。


That's it.

Monday, November 20, 2006

blog - 登山の効用

ふと思い出したので書いておこう。なぜ人は山に登るのか。

わたしには次のように思える。「人は山に登る。それは、山に登ることができることを証明するために登るのだ。一歩一歩のその歩みが、ふもとからは想像もつかなかった高みへと結局は自らを押しやることになり、また、いつ着くとも知れぬその終着点にいずれは到着していたことを、人はあらためて思い知るのだ」。


その一歩一歩が、結局は自らを望む場所へ押し上げるのだ。

Sunday, November 19, 2006

blog - 更なる挑戦

成長がとまってしまうとやっぱり面白くないわけだ人は。英語もしゃべれずに何が俺だと思ったわけだ俺は。熱中できることを求めること。尊敬し、認め合える人たちの中で働くこと。もう何年も、いや十何年前からわかりきっていたことだ。

それは明らかだ。非常に明らかだ。

Friday, November 17, 2006

blog - I'm sorry



November 26thのTOEICまであと1週間強。悔いを残さず、やれるところまでやろう。

何かを得るために何かを捨てなければならないとしたら、わたしはそうせざるを得ないのだ。30まで生きてくれば自分が何者で、どのような選択をすべきなのかということはわかっている。

わたしはその天井にはNOよりYESを、休むよりは登り、安泰より挑戦を、表面より本質を、言葉より沈黙を、世界の福利に資するため、わが能力を最大に発揮し、希望のようなものを、ユーモアを、本当のものを、そこに光を。


もう何もいらない。やるべきことをやる以外、もう何もいらない。

I'm sorry about that.

Wednesday, November 15, 2006

blog - ディクテーションは続く



最終的にはフレンズのディクテーションをしようと思う。

■今:
TOEICの教材

■次:
CNN

■そして最後:
フレンズ 全10巻(DVD)


ここまで行けば、かなりの英語力を身につけていると思う。CNNレベルでTOEIC930は固いから、まあTOEICは卒業として、いよいよネイティブなみの英語力を身につけるための挑戦がはじまるわけだね。

朝30分、昼2時間、夜30分のディクテーションをもう3週間続けている。これが力にならずになにになろう。そしてこれは2週間後のTOEICテストで終了する道ではなく、今後しばらくは続けていく道なのだ。外資レベルですら超えてみせる。


Make it fun!

Tuesday, November 14, 2006

blog - 5年間間違え続けてきたこと。。



先々週末に料金未払いで電話回線を止められ、支払ったにもかかわらず1週間ばかり故障?で不通が続いていた。当然インターネットもできなかった。まあそれはどうでもいいことだった。

その間、驚愕の事実をわたしは知ることになった。一人暮らしを始めてもうすぐ満6年を迎えようとしているが、その間、わたしは恐ろしい過ちをずっと犯し続けていたのだ。恐ろしいことといっても、まあどうでもいいことだ。

要はですね、一人暮らしだから当然自分で洗濯をしますよね。そして洗剤を普通は使いますよね。わたしはその洗剤に5年以上ずっとハミング1/3を使っていたのです。(ハミング1/3は先週はじめて気づいたが、いわゆる柔軟剤で洗剤としての機能を持っていない・・・)

なんかさ、気づいたきっかけはクライミングシューズをいくら洗っても匂いが落ちなくてさ、そんな俺の足って臭いのかよとか思いつつ、ハミング1/3で手洗いしてみても泡が立たないから、なんじゃこれ?って見てみたら、洗剤ではどうもなく、ドラッグストアに見に行ったらアタックとかが洗剤なわけだよね。


まあ、別にどうでもいいことだ。

Monday, November 06, 2006

blog - My way

「YAMAMOTO WAY」をまとめる必要があるな。

とさっき感じた。つまり、わたしは今までとてつもない成長を遂げており、それは誰しもが経験することではあるが、それを明確な形でどこかにまとめる必要がある。そうすることによって、そのWAYを人に伝えやすくなるからだ。より高い成長を促すきっかけにもなるからだ。


I felt that.