Saturday, July 22, 2006

blog - 夢、求めるものについて

今日は久しぶりに雨の降らない休日だったので、近くの公園でジョギングとクライミングのトレーニングを行った。適切な睡眠、適切な運動が適切な心的態度を形成し、自らの正しい方向を描き出す基本となる。部屋も随分きれいになった。部屋のきれい/きたないは明らかに精神状態とリンクしていた。

さて、昨日の続きに入ろう。昨日、わたしは問題の定義を行い、今までの歴史を少し振り返った。みえてきたこともあるし、まだこれからみえることもある。文章に自分の内面をあらためて書き出すことは、やはりメリットが大きいようにも思う。今日もこれから寝るまでの3時間、一生懸命やるつもりだ。

さて、今の会社ではやはり不満も大きかったことは既に書いた。そしてその不満の本質は何であり、それはどのように解決されうるのかということをまずは述べていきたい。そしてその後、「夢、求めるもの」という大きなテーマにまで踏み込み、何か新しい知見をわたしの中に見出すことができれば。

不満の本質は、アナロジーを使うと、ジーコジャパンの中で中田ヒデが感じた不満のようなもの、とすることができるような気がする。つまりわたしの大いに解き放たれ、上方を志向する精神性が、そのようなものが多くない周りの環境の中で、諦めと、物足りなさと、苛立ちを感じた可能性がある。

「原因」というのは通常、複合的な要因から構成され、それらはお互いに複雑に絡み合い、単純に1つや2つのもので割り切って求められるものではない。ただ、この「求めるものと現状との乖離」は、どうやらその第1の理由であることは間違いないような気がする。だってそれ以外に大きなものは見つからない。

だってそれ以外に大きなものは見つからない。それは素晴らしい職場の人間関係だったり、官僚主義とはまったく縁のないオープンな社風であったり、そこそこの満足できる給料であり、そこそこの満足できる評価であり、いろいろな仕事ができるという可能性の素晴らしさだったりする。他には大きな不満は、まああることはあるが、見つからない。

ではこの「求めるものと現状との乖離」という病気を治す薬にはどのような妙薬があるのだろう?やはり環境を変えてみるというものがまず考えられるところだろう。では、どこに?どのように?──これらの具体的なことを考えるまでに、もう少しこの「求めるもの」というものに対して考察を加えていきたい。


書くことに少し疲れ始めているが、そんなことは大きな問題ではない。

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