Thursday, September 06, 2007

blog - 鈴木孝夫④『日本人はなぜ英語ができないか』



そして4冊目で題名としては最もわたしの興味を引くと思われるこの本を読んだわけだった。わたしもわたしなりに英語というものと英語学習というものをもう数年間も考えてきたわけだったから、滅多なことでは驚かないはずだったが、もう思わず膝を叩く頻度といったらそれは半端ではなかった。

今思えばある人物に対するこのような印象はわたしが尊敬する人物のほぼすべての行動に対するそれと同様であって、それは例えば小泉前首相やバラック・オバマであったりするのだが、この本を読んでいる辺りからこれは単なる名著との出会いではないなと感じ始めていた。

この本が前3冊と異なるところは、明確に日本の文化・文明論を展開しているところだった。日本と世界の関係が大きく変化していることを明瞭に述べ、その英語の役割も変化していることを実に雄弁に語るわけだ。つまりインプット中心の言語から、日本発の情報を世界へ伝えるための言語へ。

・第1章「外国人に憧れる日本人」-日本人は外国語(及び外国そのもの)に漠然とした憧れを抱いていると。その理由と背景を解説し、現状を改める必要性を強く訴えるのだった。彼は明らかに日本と日本語を愛していた。

・第2章「何を目的に外国語を学ぶか」-ここで彼の大きなテーマのうちの1つが明らかになるのだった。つまり現在の日本は昔の日本ではなく、優れた外国(この文脈でいう外国とは当然欧米のことだったり、古くは中国のことだったりする)から技術や思想を導入する立場から、日本が持つ優れたところ(それは島国日本が生み出した稀有の哲学であったり、日本の美しい伝統や歴史であったりする)を世界へと伝える使命を負う立場へと変化しているのだ。

そしてこの章で面白いところは、外国語学習第どの類型を定義し、実例1として中国:自己顕示・自己宣伝型、実例2としてアメリカ:他者攻撃・折伏制御型、実例3として日本:自己改造・社会改革型を上げているのだった。もうこの辺は面白くて仕方なかった。

また言語の側から見た三類型ということで目的言語、手段言語、交流言語を上げ、英語というものはこのすべての要素を含んでいることを明らかにしたのであった(朝鮮語・アラビア語は目的言語のみ、ドイツ語・フランス語は目的言語と手段言語)。英語は唯一無二の国際補助語だと。

・第3章「英語の三変種」-ここからも独特の視点なんですよねー。使用者との関係から見た英語の3変種ということで土着英語、民族英語、そして国際英語というものを上げ、土着英語としてイギリス・アメリカ・オーストラリア・カナダ、民族英語としてインド・フィリピン・ナイジェリア・シンガポールという使用される地域を上げたわけであった。要は日本人は国際英語というものにフォーカスしなさいと。そうすることでそこへのアプローチも当然変わってくると。こういうことを非常にわかりやすく説明していくわけです彼は。

・第4章「外国語教育をどう改革するか」-発信型への転換と学習言語の多様化ということを上げている。彼はまったく正しいとわたしは思わざるを得ない。そしてこの章の最後でこのようなことを言うのだ。「(発信型への転換は)日本が一切の国際紛争を武力で解決することを捨てた、人類社会初めての大国であるだけに、他のどの国にもまして必要なことなのです。」

・第5章「英語が身につく授業とは」-この辺から実に現実的な提案へと移っていくわけであるが、「国際理解はやめよう(英語の授業の中で)」や自己表現中心、読むことは必要、外国の新聞・雑誌は不適切、「日本のことを英語で学ぶ」などが展開されるわけです。この中で面白かったのは「大学での英語は日本物の英訳中心に」かな。

・第6章「英会話の学習にひそむ問題」-ここで彼はネイティブの先生から受ける英会話の授業に潜む危険性について言及したのであった。文化人類学的な側面からの鋭い指摘であった。もうこの人はとんでもない人ですよ。

・第7章「日本式英語の必要」-シンガポールやインドのように日本式の英語の確立というものを彼は提唱するのであった。この辺は言語学者にしか言えないことだな。

・第8章「英語で日本文化の発信を」-この章を読んでいる辺りでAmazonで日本の文化を英語で説明する系の本を4冊ばかり購入したのだった。9/30のTOEIC950奪取の後、わたしの英語学習の方法は大きく発展することになるだろう。詳細はまた別に述べていきたいと思う。

彼はこう言う。「日本人は今、金額の額で計れる経済的なお返しよりも(※この文脈のおけるお返しとは日本が今まで世界から学んできたものに対してという意)、もっと大切なお返しができる立場に、歴史始まって以来初めて立っていることに気づくべきなのです。それは私の言う素晴らしい日本の文化文明を一人占めせずに諸学国に広めて、世界の人々と共有することです。」


わたしはこの本でもって「受信型」から「発信型」へ英語の使い方を大きく改めることを誓ったのであった。

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