Wednesday, September 05, 2007

blog - 悩みと絶望感について

今なら間違いなく言える。若者よ。それは証拠だと。きみは人生を真正面からとらえていて、だから悩むのだと。だから絶望を感じるのだと。そして次のことは明らかじゃないか。絶望の後には希望が訪れ、冬の後には春の日々が到来する。それは真正面から見てきたからだ。決して逃げなかったからだ。逃げ続けなかったからだ。すべての光はきみのあがきに共感するのだ。

4 comments:

Anonymous said...

印象的な言葉ですね。
逃げ続けなければ、真正面からとらえれば、結果はどうあれ精神的には救われると言う事でしょうか?
であるならば、自分にも経験があります。
他人の評価よりも、自分自身への納得が、絶望の底からの救いになりました。

haruy02 said...

お疲れ様です。コメントありがとうございます。

このトピックは帰りの電車の中で「これだ!」と思ったことを書いたものなんですが、将来悩みや絶望を感じている若者たちに言ってあげたい気がしたんです。人は絶対浮上すると。だってわたしが今回も経験したようにそう出来ているんですから。

ただ文章にするとなかなかいい言葉が見つかりませんね。また、面白い言葉やユーモアはいつも交えたいと思っているのですが、kodakaさんの足元にも及びませんね。

Anonymous said...

謙遜&持ち上げすぎですw

この間も少しお話したように、浮上・・・つまり上下の定義は人によって異なります。もっと言うと、自分を取り巻く状況や、それに影響される精神状態、そして過去の経験などにより、人のその時点の価値観は形成され、セロトニンやドーパミンが、噴出されるトリガーが決定される。精神的に救われると言うのは、平たく言うと単に脳内伝達物質の伝達状況が良い状態になることであり、そのトリガーは、先に例を出したように、多くのパラメータを持っていて容易に予測はできないのです。
また、ミクロの視点で見た場合とマクロ的な視点で見た場合の定義も異なると思います。
つまり「今は不幸だけど、この経験が次の糧となる」と言う考え方ですね。

自分は一区切りしたタイミングで、幸せを感じながら退場したいと思っています。そして、すべての行動や言動は、その瞬間に集約したいと。それが自分の生きている意味だと。こう考えて日々を過ごしています。
ですから、○○してよかったと思いますか?との質問には、今まで全員に「わからない」としか答えてないのです。もう少し突っ込まれれば、「最終的には良いものと認識できるはず」と答えるでしょう。ただ、しょせんは人間。一時の感情に流されるものです。しかし自分が信じる本質は見失いたくないものです。

haruy02 said...

ふーむ、かなり深いですね。

何気にこの前もその○○に対するそのご意見がとても興味深かったのですが、かなり深遠なお考えでもって成り立っていたのですね。

輪廻ではないんですけれども、「浮上」というものも例えばコップの中の氷を水の中に押し込んで離せば自然に水の上に戻るのであって、そういう自然的なもの、自分では直接コントロールできないもの(ただ当然間接的にはコントロールできる)について最近より意識するようになりました。


PS
わたしは仕事で言えば例えばマーチン・ファウラー氏のような本質をえぐるような素晴らしい意見を言えるような成長を果たしていきたいと願っているのですが(例えば最近彼のブログに上がった23インチモニターの話など)、先日もお話したようにわたしは△△に向けて全力でやっていくんで、また何かあったら教えてくださーい!!!