Friday, June 16, 2006

blog - サッカーは結果がすべてか?

サッカーは結果がすべてか?

否。サッカーは結果がすべてではない。冷静に考えればこれは当然のことだ。サッカーは一試合で平均2点もとれないスポーツだ。1時間半も試合をして1点か2点しかとれないこのスポーツは、その分その過程が重視され、かつ愛される。

2年前のアジア杯で日本は優勝した。確かに結果は手にした。しかしその内容はどうだったか?予選を含めてすべてぎりぎりの勝利で、内容的に満足できる試合は(中国との決勝戦を除き)一試合もなく、メディアが騒ぐほどの達成感を少なくともわたしは感じなかった。

ゴールシーンは美しい。しかしそれと同時に、中盤での駆け引き、戦略と戦略のぶつかり合い、個々の選手の個々の動き、息をのむフェイント、きわどいシュート、そして統率が取れた固いディフェンス、これらが真に美しいのだ。だから、わたしは、試合に負けたとしてもいい試合をみせたチームは賞賛されるべきだと思うし、その逆もしかりで、勝ったとしても下手な試合しかできないチームは非難されるべきだと思う。

日本は、ここ数十年は、次のような試合をして戦っていって欲しい。まず、優れた監督が生み出す優れた戦略/戦術を忠実に守り、それが没個性だと批判されたとしても歯を食いしばって、マラソンの強豪国だ、走りまくり、そしてたとえ天性のストライカーがいないとしても確率とデータを重んじ攻撃を展開し、そう、大リーグのアスレチックスや日本の千葉ロッテのように、そうして、アジアの盟主となり、南米やヨーロッパの国々と負けたとしてもいいバトルを繰り広げる。

俊輔のたまに決まる豪快なシュートだとか、FWがごくまれにみせる素晴らしい得点だとかは、そんなのはどうでもいいのだ。そんなものに浮かれてもらっては困るのだこの国には。この国では、試合の結果よりその戦略性を試合後に議論するような雰囲気、1本の豪快なシュートよりその他の十数本の得点に至らなかったシュートの評価、そして自国の状況を冷静に俯瞰し、そこに最適な戦略を当てはめるような大局観こそが求められているのだ。


日曜は六本木。みせよ日本の意地!

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